アメリカでは7月4日は「独立記念日」と呼ばれていますが、その日に世界中の至るところで歴史的なイベントが開催されます。
ロンドンでは議会の前、アメリカではホワイト・ハウスの前、ニューヨーク州Champaign近郊のカナダとアメリカの国境、ドイツはベルリン。世界中で多くの都市や地域が参加します。
これは世界的な自由の集いです。ニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序)に反対する集会。いろいろな信条の真実を求める人たちが、はじめて集まって、グローバル・エリートに「おまえたちの人間性に対する攻撃はもはや我慢がならない」と告げるものです。
元記事
WTOに反対する集会では一部の人たちが暴力に訴えて、それがもとで、その集会全体が暴力的なものにされてしまった。
だから、非暴力、平和的に行動しよう。
サングラスや帽子で顔を隠して、本人を特定されないようにするのはOK。
でも、マスクはいけない。マスクはテロリストを連想させるから。
これは官製のあやしいものではなく、まったく自発的で平和的なものだそうです。
元記事に、映画『インディペンデンス・デー』の台詞が引用されていました。
「わたしたちは、黙って滅びるわけにはいかない……」
この映画は「愛国心」みたいなものを呼び起こそうというような映画だったと思いますが、その中のアメリカ大統領の台詞も、バックグラウンドを変えると違った意味を持ち輝くような気がします。
そう、世界独裁政府陰謀がどうこう、その黒幕が爬虫類がどうこう、いろいろな考え方があって当然。「何か変だぞ、今の世の中」、そう感じる人はみんな集まれ!というところでしょう。
【NWO・秘密結社の最新記事】


作家「平野 啓一郎」という人のインタビュー記事が 地方新聞に載っていたのですが、
とても興味深いコメントをしていました。
「決壊」という作品じたいが、
この前起きた「秋葉原事件」と類似してしまった点を問われていて
それは決して否定せず、
「残念です」と答える一方で
「互いの悪意を監視し合っていないと 誰がどこで何をするか分からないという感じ。
だから互いに厳しい」という、
支配者が「直接」手を下さなくても
我々一般市民同士が「互いを疑い、監視しあっている」ことを伝えていました。
そして
「自分もぎりぎりで耐えているのに
勝手な事しやがって、というようなルサンチマンで犯罪者を見る人は多い。
自己責任や自助努力が強調されている中で
“殺人者は殺されて当然”、“死刑によって排除する”という考え方が支持されている」
「殺人は駄目だと言っている社会自体が“悪い事をしたら殺す”では整合性がない。
究極のことがあれば殺してもいいということを容認している社会である限り、
絶望の表現としての殺人が起こり続ける気がしてなりません」
とも・・・。
「処刑をさせる者やする者」もさることながら、
「処刑を支持する者」も「殺人者」なのかもしれません。
“殺人者”を殺す“殺人者”・・・
そして「認められない“殺人”」と
「認められる“殺人”」
があるということ自体、確かに おかしいですよね・・・。
この恐怖状態を作り出すために、マインド・コントロール、向精神薬、もしくは電磁波で精神をコントロールする等の方法で、「誰か」が誰かに犯罪を犯させている。そう考えています。
調べていませんが、秋葉原の犯人もなんらか精神科の薬を飲んでいたのではないでしょうか?
この手の無差別殺人事件って、
それこそ よくアメリカの田舎の州などで起こる無差別殺人事件も、
マスコミの報道の仕方なども含めて 不思議と
「パターン」 があるような気がしてなりません・・・。
「肉は殺しても魂魄は滅ぼせぬ
」
http://uro.sblog.jp/modules/tinyd5/content/index.php?id=7