2008年08月09日 Tweet It!

奴隷貿易とユダヤ

アフリカの奴隷貿易に対するユダヤの役割

ビデオ(英語)

最近、暑いせいか、年のせいか、英語の力が落ちています。
聞いていても、集中できず、あまりわかりません。
このような、歴史を知るには重要な話題、手に入れられるとよいのですが。
ということで、リンクだけ……


posted by 狭依彦 at 07:51 | Comment(5) | TrackBack(0) | 古代・中世歴史・宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちょっと 個人的な話になってしまいますが、
この日曜日、狭依彦さんの本と
「カラシニコフ〜松本仁一」という本と、
「戦争〜Qサカマキ」という写真集が、
なぜかひとつにつながるように思えて、その線をたどってみたんです。
そしたら、
「織田 信長」と「シエラレオネ」と
「リベリア」と「ソマリア」と
「少年少女兵」、
この線がつながったんです。
Posted by ティアーズ・オブ・ザ・サン at 2008年08月10日 23:23
「子供は脅かすということを聞くし、
“ひとつの価値観”を教え込めば、その通り行動する。大人の兵士より、遥かに使いやすい」

「シエラレオネ」

「何もない市場に赤い肉が出る事が。
“人肉”だという噂が...。
でも この町に残った人で 赤い肉を食べなかった人はいません」
という国の内戦で、1万5千人を超えたといわれる 政府,反政府双方から兵士にされた
「少年少女」達。
約5百万人の人口のうち 10万人近くが殺され、2百万人が難民化。町や村は放棄され荒廃。
当然 その中で多くの少年少女達の命も将来も奪われたといわれています。

Posted by ティアーズ・オブ・ザ・サン at 2008年08月10日 23:35
「紛争が治まりつつあるから 一般市民は兵器を返せといわれるけど、
その後の安全を誰が保証してくれる?」

「ソマリア」

2002年、隣国ケニアのモンバサで同時テロが起きた時、
「ソマリアには警察も入国管理局もない。
誰でも出入りできるし、爆弾でもミサイルでも持ち込める。“やり放題だ!”」
ということが判明。
しかし他の国の人達は、一般の「情報」では「治まった」と知ればもう興味もなくなるから、兵器は持つなというのです。
確かに、ソマリアの5つの地区の1つである
「ソマリランド共和国」では、
「純粋に住民の側が 和平を盛り上げた。
自分達で武力紛争を終結させようとしている」
とし、2002年までに民間の銃はほぼ回収されたらしいです。
「銃などでは壊れない国家をつくりたい」
という強い信念から・・・。

しかい・・・現状は そのソマリアも、
他の地区はどうなっているのか・・・?
「シエラレオネ」,そして「リベリア」あたりでも、例え「戦争は終結した」という情報を世界に流されても、国内には 難民が溢れ、
そして 元少年少女兵達の社会復帰はとても問題になっている」と・・・。

確かに、「リベリア」の戦争当時(現在?)のこの動画を見てもらえれば、
特にドラッグやアルコール漬けで前線に出された子供達や若者達が、たとえ生き残れたとしても
社会復帰というのは どれだけ至難の業でしょう・・・。
http://jp.youtube.com/watch?v=Mw7zjYJ-znE&NR=1

そして 「戦争の犬たち」のフレデリック・フォーサイスは、
実際には そこに国家などない「ソマリア的国家」が、
アフリカには 「20カ国以上」あるといっていました・・・。
Posted by ティアーズ・オブ・ザ・サン at 2008年08月11日 00:00
話は長くなってしまいましたが、
例えば 「リベリア」ひとつとっても、
この国には 武力介入する「国益」がないという理由で足踏みしてみせながら、
世界の大国が直接介入したのは 戦争が激化した数週間以上後だったといいます。

しかし 例え大国が直接「殺し合い」に参入しないとしても、
「殺し合わせる」兵器は どこからともなく、
いくらでも 流れてきているのが現状のような気がします・・・。
そういった どこからともなく支援される
「カラシニコフ」のように、

素人や子供でも扱える兵器は、
「人を殺せる層」を拡大させるように
いわゆる戦争のプロではない少年少女兵を増やしているのだと・・・。


それは 日本の歴史でいうところの、
「織田 信長」が 農民兵などに「鉄砲」を持たせたことと同じかもしれません・・・。

狭依彦さんの本の「信長と明智光秀の話」は、そんな意味もあったのかなぁ...と思いました。 
Posted by ティアーズ・オブ・ザ・サン at 2008年08月11日 00:13
今考えているのは『明治維新』の武器のこと。
アメリカ南北戦争の余りが武器商人によって回されてきたのだけれど、日本の『明治維新』の研究ではほとんどとりあげられていない。
Posted by 狭依彦 at 2008年08月11日 20:25
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