2008年09月18日 Tweet It!

B・フリードマン・スピーチ(4)

この記事は(3)から続きますが、カテゴリ「近現代史」で連続して読めます。

この裏切りは、次のような状況を仮定してみるとよく理解できるでしょう。
アメリカがソ連と戦争をしているとします。
アメリカが勝っている。そして、アメリカはソ連に次のように言います。「さあ、もう戦争を止めましょう。和平条項は次のようにしましょう。これまでのいきさつはすべて水に流しましょう。」
そこへ、突然、中国がソ連の同盟国として参戦してきます。この中国の参戦によって、私たちアメリカは敗戦に追い込まれます。惨敗で、賠償金は人間が想像できないような額で一国が支払い切れないような額です。
そこでですね、この敗戦の後に、次のようなことに気がついたとしたら……
アメリカにいる中国人、中国系市民が敗戦の原因だった。中国系市民がアメリカ人と一緒に忠実に仲間として暮らしてきたとのアメリカ人は思っていたのに、実は、中国系市民はアメリカをソ連に売り、中国系市民を通して、共産中国が対アメリカ戦争に参戦したのでした。
想像できます?
アメリカでは、中国系市民に対してどんな気持ちになるでしょうね?
私は、中国系市民が顔をさらして通りを歩けるとは思えませんね。彼らを可愛がってあげるために、都合のよいような街灯の数が足らないんじゃないですか。
私たちがどんな気持ちになるか想像してみてください。

そうです、これこそがドイツ人がユダヤ人に対して感じたことなのです。
ドイツ人はユダヤ人に大変良くしていました。1905年にロシアで最初の共産主義革命が失敗した後、ユダヤ人たちはロシアから急いで逃げなければならなかったのです。ユダヤ人たちは皆ドイツに向かいました。
ドイツはユダヤ人を受け入れ、非常に親切に扱ったのです。
そんなところに、ユダヤ人はいわゆる「ユダヤ国家」としてパレスチナが欲しかったというだけのために、ドイツを売り、川の中に投げ込んでしまったのです。

今日、シオニズム関係の本を読むと出てくる、Nahum Sokolow(ネーハム・ソコロワ)や偉大な指導者、有名人たちは1919年から1923年の間に彼らの新聞すべてに書いていますし、出版物には彼らのコメントが満載されています。それは「ドイツのユダヤ人に対する反感の原因は、アメリカを参戦させる仲立ちをしたユダヤ人によってドイツの敗戦がもたらされたのだとドイツ人が認識したことである」ということです。
ユダヤ人自身がそれを認めていたのです。
ドイツ人は、1919年になって初めて、ユダヤの血はコカコーラやムンスタービールより苦い味がすることを発見したのです。
宗教的な感情などは無かったのです。ユダヤ人の宗教的信条に反発したためだけでユダヤ人に対して悪感情を持ったのではないのです。
ドイツ人の悪感情はすべて政治的なもの、経済的なものだったのです。
宗教的なものでは絶対になかったのです。
ユダヤ人が帰宅して、ブラインドを降ろし「シェマ・イスロエル(わが父よ)」と言おうがどうしようが、ドイツでは気にする人は一人もいなかったのです。アメリカと同じことだったのです。
そして、後の時代にドイツで広まった悪感情の原因はたった一つ。ドイツ人がドイツの惨敗がユダヤ人のせいであると認識していたことです。

また、ドイツに対して始められた第一次大戦自体が、ドイツの責任では無かったのです。有罪理由なし。ただ、ドイツが成功していたことが原因でしょうか。ドイツは大艦隊を建造しました。世界貿易を始めました。
ドイツがフランス革命の時代には、300もの小国がばらばらに存在していただけ。それがナポレオンからビスマルクの時代に1つに統合されました。そして50年で世界で一番強国となった。
ドイツ海軍はイギリス海軍と張り合うようになり、世界中で商売をして、誰に対しても値引き販売をすることができて、質の良い製品を製造できた……
その結果何が起こったのでしょうか?

イギリス、フランスとロシアの間にドイツを引き摺り下ろす陰謀が芽生えました。この3国がドイツを地図上から抹消してしまえと決心した妥当な理由を示すことができる歴史家が世界に何人いるでしょうか?一人もいないでしょう。

ドイツがユダヤ人に敗戦の責任があると認識したら、当然、ドイツ人はそれを恨みました。
しかし、ユダヤ人は髪の毛一本も危害を蒙ることはありませんでした。
髪の毛1本さえもですよ。
ジョージタウン大学のTansill教授は、国務省の機密書類を全部読み、次のように本に書いています。
コーデル・ハルが1933年にHugo Schoenfeltというユダヤ人をヨーロッパに派遣し、政治犯の収容所を調査させました。Schoenfeltは国務省に文書を残しており、「政治犯は非常に良い状態である。体調もよく、皆がよい待遇を受けている。収容所は共産主義者で一杯である」とあります。
えーと、収容所にいたほとんどの人がユダヤ人でしたね。というのは、当時ヨーロッパの共産主義者の98パーセントがユダヤ人だったのです。牧師や聖職者、労働運動指導者、メーソン、国際的団体に加入していた者もいました。

(5)へ続く

ヨーロッパにはユダヤ人を嫌うセンチメントが基盤としてあったんじゃなかったのかな?
それがもとで、人種差別が強まり……
日本のジョーシキってそんなところでは。
この最後あたりを読むと、私のジョーシキが「この文章はナチや」と思わせてしまいますね。
でもね、日本人ってドイツ好きなはずなんだけどねぇ?


posted by 狭依彦 at 21:49 | Comment(1) | TrackBack(0) | 近現代史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ほんとうに わかりやすい説明ですよね。

>ドイツは 「ユダヤ人を受け入れ」、
  非常に親切に扱ったのです・・・

ほんとうのことだとしたら、貴重な情報です。


>日本人って ドイツ好きなはずなんですけどねぇ?

共通点というものとはちがうかもしれませんが、
例えば 第二次世界大戦でも
ドイツでは「ドレスデン大虐殺」があり、
日本では「東京大虐殺」がありましたよね。
(「大空襲」って表現、洗脳とまではいいませんが、
「空爆」と一緒で 個人的にはなんか「別物」になってしまう気がするので)

そして、アイクかジョン・コールマンの本だったと思うのですが、
不思議とアメリカよりも
「日本」と「ドイツ」では
出版が許されるか とても人気があるだったか、
なんか共通点があるようなことを、
太田 龍氏がいっていたような気憶があります・・・。

そういえば最近すっかり取り上げられなくなりましたが、
確かドイツという国は 
かつて東と西の「国境」というものによって、随分 理不尽に引き離された人達も
たくさんいたようですね・・・。
結果的に、造らせたのも壊させたのも きっと同じ連中でしょうが・・・。

パレスチナの壁も、
普段 理不尽と感じながら心を痛めて従ってるイスラエルの(ユダヤの)兵士の人達が、
「いい加減にしろ!!」と
さんざん理不尽にパレスチナの人達をいじめさせられるために使っていた兵力や
パレスチナの人達の家を破壊させられるために使っていたその兵力で、
ずっとがまんしていた
その決して 間違っていない怒りとともに、
パレスチナの人達をガザに閉じ込めつつある
あの壁にぶつけてくれないかな・・・。

Posted by ザ・ウルフ at 2008年09月19日 16:24
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