2009年08月18日 Tweet It!

テンプル騎士団

テンプル騎士団

パート1

パート2

前回の話では、イルミナティがプラトンがその著書「共和国」で主張したのと同じ組織に従っていることを検討した。
このヒエラルキーの頂点にはすべてを支配する「Philosopher Kings(哲学者王))」が存在する。
だれがこの「人形使い」であるかは簡単に答えがでる問題である。

(まとめ)
テンプル騎士団は、大きな富と権力を持っていたが、14世紀初頭フランス王とローマ教会によって滅ぼされ、財産を没収された。
しかし、その大きな財産は秘匿されたという。

(1)フランスのフィリップ4世は1306年にはフランス国内のユダヤ人をいっせいに逮捕、資産を没収した後に追放するという暴挙に出た。
(2)その後、1307年10月13日、フィリップ4世はフランス全土においてテンプル騎士団の団員を何の前触れもなく一斉に逮捕。騎士団を禁止した。
(3)1312年、教皇クレメンス5世はフィリップ4世の意をうけて開いたヴィエンヌ公会議で正式にテンプル騎士団の禁止を決定した。
(4)テンプル騎士団はスコットランドやババリアで生き延びた。ババリアではイルミナティの源泉は鉄十字軍と合流したテンプル騎士団にもあった。
(5)テンプル騎士団はサタンと融和することを求め、ルシファーから学んだ。
また、テンプル騎士団は初期キリスト教にギリシア哲学を導入するのに大きな役割を果たした。
(6)テンプル騎士団はチューダ朝を権力の座につけた。
(7)現代のイルミナティもテンプル騎士団から来ていると考える。(著者)
(8)スイスのKnights Hospitallersもテンプル騎士団の流れ。その後、Knights Hospitallersはマルタ騎士団となった。
(9)イギリスでは、テンプル騎士団のメンバーは資金力を生かしイギリスの貴族となった。
(10)ドイツでは鉄十字団と関係している。

最近、テンプル騎士団の話がありました。
ちょうど、出ていましたのでまとめてみました。


posted by 狭依彦 at 23:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | NWO・秘密結社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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