2004年12月24日 Tweet It!

冬至のウソ

 現代の既成宗教の神話は、みな、古代の「太陽神話」の焼き直しだ。そして、支配者の意識を反映している。
 キリスト教、ユダヤ教、イスラム教は、みな、剣によって愛を広めるという、「高処」からの命令がある。これらの宗教の聖典には、戦い、征服という暴力的イメージに満ち充ちており、もしドグマを広められないと永遠の罰を与える警告に脅されている。
 キリストの誕生日−クリスマスも、ただの冬至の日なのである。なぜ、この日が選ばれたというと、ほとんどの救世主が12月にバージンから生れたからだ。
 冬至を祝う意味があるとすると、この日を境に、死にかけていた太陽が生き返るということだ。これは、存在の偉大な輪の上での舞踏−古代からずっと繰り返されたものである。

http://www.unlearning.org/editor54.htm


posted by 狭依彦 at 16:18 | Comment(0) | TrackBack(1) | 象徴主義・儀式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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