神話や伝説には、象徴や隠喩の形で多くの驚くべき真実が潜んでいる。現代では、エネルギー場、電磁気やホログラフィーなどについて語ることができるが、昔の人は、当時の文化の中で自分達の思想を語ったのだ。例えば、今では、山の振動場が人間のエネルギー場と相互影響を与え合い、「精神の変容」をもたらすと説明することができる。しかし、古代人は、いや数百年前でも、彼らは彼らの言葉を使うしかなかったのでは?
古代人は、山の神またはグレート・スピリットや心の中に飛び込む山の鷲という言い方をしたのではないだろうか。神話の比喩的な性質を理解できないなら、神話は原始人の奇妙な信仰に過ぎないだろう。なるほど、奇妙な信仰であったこともあろうが、多くの場合、そうではなく真実が隠されてる場合が多い。
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神話、伝説、伝承は多くの事実がある、と私はおもってきてます、形而下学として。
足元を掘る形で、琉球のことを調べていますが、今までどれだけコントロールされてきたか?、と思うこと多々あります、
古琉球の資料がほとんどなく、神話や伝承に生ずいてますが、とても興味深い資料がある、 米国の歴史家「ジョージ・H・カー」博士の「琉球の歴史」の記事で、明治政府は、
「1879年に実施された明治政府の基本方針は、1.先史時代の研究をさせない、2.国史の研究をさせない、」二つあったという、この記事は米国国務省の日本調査記録であったと思われるが、琉球先史時代は日本史を覆すなにかがあったようだ、沖縄の伝承でいわれている古代皇室との関係など、 トンデモ関連だ。
柳田國男が沖縄学の伊波氏に先史を問わず一緒に研究しよう、といわれ伊波は誘いを拒否した、だから琉球古代史はある意味、はってんしなかった。遺言で柳田氏は「東海域を精査せよ」と謎めいたことを残している、
沖縄の歴史家たちしかり、国史界、学界、は沖縄を隠蔽していると今、強く感じる、
しかし、18〜19世紀の異国人たちや戦前、戦後、の欧米や末孫はそれに熱心だ、
特に与那国の古代象形文字やその収集に早くから熱心だ、 歴史は証明する、という秘密を欧米末孫関係はかなり知っていると思われる。
われわれ「本土人」は、確かに、北方起源説(騎馬民族)などの方に目を向けさせられていますね?