定職を得よ。出勤せよ。結婚せよ。
子供を作れ。ファッションに敏感であれ。
普通の行動をせよ。歩道を歩け。
テレビを見よ。法律は守れ。
老後のために貯金せよ。
さあ 私について復唱しましょう:
「私は自由だ」
霊界物語第3章に次のような文章があります。
今まで天空に橋状をなして横たはりし黒雲は、次第に散乱して拭ふがごとく、天明らけく地清く、神人和楽の極楽浄土を現出したるぞ目出度けれ。これより二個の国魂を南北に分ち祭られ、国土を二分して、北方は八王神吾妻別これを主管し、南方は八頭神国玉別これを主管することとなりぬ。君主的神政の神界の経綸も、ここにいよいよ民主的神政の端を啓かれたるぞ是非なけれ。
(大正一〇・一一・二〇 旧一〇・二一 午後八時東の天より西の天に向つて一条の怪しき黒雲横たはり、天を南北に区劃し、天地暗憺たる時、竜宮館において、加藤明子録)
これは、一つの国に二つの国魂=主権者をおいたため、国が乱れて収拾がつかなくなり、国を分けて一つの主権者で治めるようにしたら治まったという話です。
書かれたのは大正10年(1921年)。
「是非なけれ」というところが問題で、民主制を認めているのかどうか?
これについては、霊界物語の評者の「民主」という言葉に対する解釈によって違いますが、王仁三郎はシオニスト製の「民主」と「人々の権利を認める民主」の二つについて違いを認識していたと狭依彦は考えています。
それではこの文章で「民主」はマイナス・イメージだとすれば、王仁三郎は「君主」を理想としているのか?
そこなのですが、王仁三郎がどのような世界を理想にしていたか、自分でも「腹に入っていない」ので、人には説明できないでいます。
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少し前に、本屋で王仁三郎のことをとりあげていた「ムー」の表紙が目に入ってたのを覚えてたのですが、
こんな動画見つけました
http://www.youtube.com/watch?v=dueZbmVTrUQ
この本は私も見たのですが、買いませんでした。
こんなビデオで、王仁三郎が流行ると、私にも何か回ってくるかも?
サイトは、現界のお仕事が今週はキツイので、来週はじめから、また、やるつもりです。
最近、チョット、サボりすぎのような気もしています・・・・・・