2007年03月21日 Tweet It!

アイク・ペルーで覚醒

この記事のみ無断転載を禁止します。
アイクさんの経歴に関するコメントがあり、アイク側の経歴も載せないと、アイクを取り上げているサイトとして、道義上申し訳ないと思うので、経歴を掲載します。


 アイクの経歴説明を訳したものです。

 アイクの経歴については、日本ではこれまであまり語られていないと思うので、彼の著作の販売サイトhttp://www.bridgeoflove.com/のバイオグラフィーを翻訳して紹介しよう。なお、著作の紹介だけは改変した。

※著作などの紹介

 David Icke (アイクと発音)は、プロのサッカー選手、ジャーナリスト、BBCのキャスターを経て、1980年代には英国みどりの党の全国スポークスマンとして活躍した。1990年からは全生涯をかけて、世界を支配している真の黒幕についての研究をしている。
 アイクは、「地球で一番物議をかもし出す男」という|綽名《あだな》を頂戴している。長い間笑いものにされてきたこともあったが、今では、世界中から何千もの人々がアイクの話を聞きに来る。
 アイクの著作は10冊以上にのぼる。『大いなる秘密』(上、下)(The Biggest Secret)、『究極の大陰謀―九・一一テロの最終審判』(上、下) (Alice in Wonderland and The World Trade Center Disaster)、『超陰謀[粉砕篇]テロ・世界の警察・金融支配』(I am me I am free)が日本語に翻訳されているものだ。
 『大いなる秘密』は大部で、翻訳に当たっては2分冊で出されており、『大いなる秘密(上) |爬虫類人《レプティリアン》』と『大いなる秘密(下) |世界超黒幕《ワールド・スーパー・マスター・マインド》』となっている。
 日本語訳されていないものには、『the Truth Shall Set You Free』(そして真理があなたを自由にする)、『Children of the Matrix』(マトリクスの子供たち)、『Tales from the Time Loop』(タイムループからの話)などがある。最新作は2005年5月に出版された『infinite love is the only truth - everything else is illusion 』(無限の愛は唯一の真実、他のすべては幻覚)で、アイクのサイトでは7月現在ソールド・アウト(売り切れ)となっている。

※サッカー選手からテレビの世界へ

 デーヴィッドの言葉によって、われわれは霊感をもらい、自分は本当は誰なのかを悟り、自分自身が作り出している心の監獄のドアを蹴破って飛び出し、自由の光の中へ歩き出すことができる。

 デーヴィッド・アイクは1952年4月29日午後6時15分頃、英国のレイチェスターで生まれた。いわゆる「労働者階級」の息子として、大型の共同アパートで育った。子供時代はずっと貧乏な生活だった。アイクは小さいときからサッカー選手になることを夢見ていて、学校を中退後、英国リーグの「コベントリー・シティ・ヘレフォード・ユナイティッド」に入団した。
 ところが、サッカー人生が始まって6ヶ月ほどしかたっていないのに、ひどい関節痛に苦しむことになる。痛みは、左膝から始まって、右膝、両足首、両ひじまで広がり、最後には手首と手のひらにまで拡がった。アイクのサッカー人生は21歳で終わったが、その終盤の20歳の時には、毎朝のトレーニング時には、関節が温まるまでは激痛に苦しんだ。しかし、この20歳の頃がサッカー選手としての絶頂期で、アイクはサッカーを続けることを望んでいたのだった。
 サッカーでの痛みとの戦いはアイクの中に強い気持ちを生み出すこととなる。逆境には絶対に屈服してはならない、人生が自分にどんなことを要求しても、それにうち勝たなければならないという決意である。この経験は、彼自身の|旅《ジャーニー》が経験することを選んだものだったと言えるかもしれない。
 20歳のサッカーシーズンの終わり頃には、1ヶ月間くらい続けて痛みが消えていたので、アイクは「大丈夫だ」と思っていた。ところが、ある朝目覚めると、再び、慣れ親しんだ、しかし、今までに経験したことのないほど激しい痛みに襲われる。これで、自分が一生懸命に追い求めているサッカーという夢もおしまいになりそうだった。アイクの関節は一つ残らず激しく痛む。まるで、ナイフが自分の存在の中心部をえぐり取っているような痛みだ。自分のサッカー人生はこれで終わり、それがはっきりと分かった。それから、起き上がって足を引きずって移動できるようになるまでに何日もかかったので、再び歩けるようになるとは思えないくらいだった。その時アイクは21歳の誕生日を迎えたばかりで、身障者になってしまうのではないかとも感じた。1973年のことだ。
 この時点では、アイクにはどこにも行くところがなかったが、その後すぐに、英BBCの司会者になりたいという夢を持つことができた。この新しい目標に駆り立てられたアイクはジャーナリストの仕事を探すことになる。簡単なことではなかった。アイクは学校の授業に退屈して、試験を一つも受けないまま退学して、サッカー選手になっていたからだ(全く勉強というものをしないで学校を辞めたことは、後で考えると、神に感謝すべきことなのかも知れないが)。アイクは自分の好きなときに、自ら勉強をしたので、「教育」システムはアイクにほとんど影響を与えなかったのだ。アイクは、教育は自分には関係ないというある種の内なる声に導かれて、すべての教育を拒否したのだった。
 そんなアイクでも、なんとかレイチェスターで地方の週間新聞に職を見つけることができた。アイクの他には誰も応募者がいなかったからだ。それからは、新聞社、地方のラジオ局、テレビ局を転々として、ついには、イギリス全国テレビのスポーツとニュースのキャスター兼レポーターになった。テレビの世界で成功を収めた1982年頃には、アイクは英国の南海岸にあるワイト島に居を構えている。ワイト島は少年の頃からずっと憧れの島だったのだ。

※英国みどりの党

 アイクが環境問題に取り組み始めたのは、ここワイト島だった。後には、アイクは英国みどりの党の全国スポークスマンになる。みどりの党は、英国の国政選挙でと1989年の欧州議会議員の選挙でも成功をおさめた。一時期だけの成功であったのだが、アイクはその当時、党の全国スポークスマンを務めていた。しかし、アイクはみどりの党が古い政治信条に新しい名前を付けただけで、実際は全く他の政治団体と変わっていないことを見い出し、党活動に興味を失って辞めてしまう。アイクの人生はこの時、信じられないような変革期を迎えていたのだった。
 1980年代中頃から、アイクはテレビにも興味が持てなくなっていた。それでもテレビの仕事を続けていたのは、自分が本当にやりたい環境問題のための生活費を稼ぐためだった。アイクはテレビが不安と恐怖に満ち溢れた空っぽで魂のない世界だと気付いたのだ。そして、1990年4月に起こった事件を境に、アイクのテレビ出演は終わりを告げることとなる。

※霊的覚醒

 アイクは1989年に書いた著書『こんなはずではない』(It Doesn't Have To Be Like This)で、みどりの党の展望と基本方針を立案している。その理由は、みどりの党は党内で話し合っているだけで、大衆に対しては語りかけていないと感じたからだ。アイクはこの本を書いているとき、また、BBCで仕事をしているときに、自分の側に何かの「存在」を感じはじめる。実際には何もいないのだが、部屋の中にいつも誰かがいる感じだ。そして1990年のある日、ロンドンのホテルでベッドの側に座っていたとき、強い感情に襲われ、顔をあげて、その何者か(何物か)に語りかけられずにはいられなかった。「あなたがそこにいるなら、|接触《コンタクト》してください。あなたは、私をこのうえなく不安におとしいれるのです!」

 その後すぐに、いろいろな事が目まぐるしく起こるようになった。

 1990年4月、アイクはワイト島のリユードの海岸で息子のガレスとサッカーをしているとき、「歩いていけるところにある、駅のカフエで昼飯を食べよう」と息子に語りかける。行ってみるとそのカフエは満員で、別の店に行こうとそこを離れたときに、アイクを認めてサッカーの話をしてくる人があった。話が終ってみると、息子のガレスがいない。しかし、アイクには、息子は近くの新聞の売店で好きな本を見ていることが感じられた。行ってみると、その通りだった。アイクは売店の入り口で、「別のカフエに行ってみよう」と息子に言って、店から離れようとしたが、足が動かない。アイクと息子は、二つの磁石がお互いに引きつけあうように、床の上で固まっていた。その時、声が聞こえる。「店に入って、向こうの壁にある本を見なさい。」アイクの反応は「いったい全体何事だ?」というものだった。
 アイクはこの店をよく知っていて、指示された場所の本は自分にとっては全く興味のないものだった。しかし、声に従って、足が自然とそちらに向かうので、何があるのか見てみることにした。目に入った本は女性の霊能者(訳者注 ベティ・シャイン)のもので、アイクは即興味を覚える。自分の周りに感じていた「存在」のせいだったのかも知れない。その霊能者なら、何が起こっているのか教えてくれるのではないか、そう思った。女性はまた、手かざしのヒーラーでもあったので、アイクは手紙を書き、|治療《ヒーリング》を予約した。その際、自分の周りのあの「存在」については伏せておいた。霊能者にとっては、アイクは関節の治療を望んでいるただの客であったはずだった。アイクはシャインとは計4回会っただけだが、最初の2回は、シャインと他の次元についてや、人生についてのより広いヴィジョンについて話をしたが、それ以外には注目すべき事はなにも起こらなかった。
 それは3回目の訪問の時に起こる。アイクは治療が行われてる間、長いすに横になっていたが、顔を蜘蛛の巣のようなものがふわっと覆うのを感じた。その感覚は「精霊」が|接触《コンタクト》しようとしている時に起こるとシャインの本に書かれていたことを思い出す。アイクはシャインには何も言っていないが、15分くらいして、シャインは顔をあげて言った。「これはとても強い力だわ、この力のためには目を閉じていないといけないわね!」彼女は、自分を通してアイクにメッセージを伝えたいという精霊の姿を見ていると言った。同じ事が一週間後に行われた次のセッションでも起こる。次にあげるのが、そのときの精霊がシャインを通してアイクに告げた内容である。

※精霊の預言

●アイクはヒーラーで、地球を治療するためにここにいる。アイクは世界的に有名になるだろう。アイクは非常に激しい反対に会うだろうが、彼らがいつも側にいて守ってくれる。アイクはまだ霊的には子供であるが、霊的な富を授けられるだろう。その富がどこから来たか不思議に思う時もあるだろうが、その富は彼らの言葉である。知識がアイクの心に直接流し込まれる、または、アイク自身が知識に導かれるだろう。
●アイクは勇気があったので、少年の頃に選ばれ、いくつものテストを受けたが、すべてに合格した。サッカーに入ったのも規律を学ばされるためであった、しかし、その規律を学んだので、次のステップに進まされた。アイクはまた、失意に対処する方法やすべての感情を経験すること、そして、それらの感情から立ち直る方法や、それらの感情とうまく付き合う方法を学ばなければならかった。霊的な道は厳しく、それを簡単にすることは誰にもできない。
●アイクが彼らに|接触《コンタクト》してもらいたがっていたのは分かっていたが、まだ、時が至っていなかった。彼がシャインの元ヘ来ることになったのは、|接触《コンタクト》のためで、|治療《ヒーリング》のためではない。しかし、アイクが完全に癒される時はいつかやって来る。アイクは、常に自分が必要とするものは手にするだろうが、それ以上は手に入らない。
●一人ですべてをやろうとしてはいけない。他の人たちと手を携えなければならない。そうすれば、自分が落ちるのと同時に、お互いを引き上げることができる。
●人間は世界を変えることはできないが、人間は世界を変えるようなメッセージとコミニュケーションすることができる。
●アイクはこれからの3年間で本を5冊書く。
●アイクは政治とは無関係だ。アイクは|霊的《スピリチュアル》だからだ。政治は|霊的《スピリチュアル》なものとは対立し、アイクをとても不愉快にするだろう。
●アイクは政治活動から離れる。そのためには、何もする必要はない。一年間かかって徐々に政治と離れてゆく。(実際にそうなっている)
●20年後には全く違った飛行物体が現れるだろう。今日の飛行機とは全く違っている。時間は何の意味も持たない。自らが存在したい場所に存在することができる。
●巨大な地震がいくつか発生する。この地震は人類に対しての警告であり、今までに起こっていない場所で起きるだろう。海底油田の開発は地球を不安定な状態にしている。地球の中心が移動し、両極が入れ替わるだろう。海の霊が目覚め、人間の原油採取を止めさせるだろう。海が陸地を飲み込み、人間はもはや自らの悪業を行うことはできないだろう。人間はもはや自然を虐待することはできないだろう。自然は尊敬を持って扱われなければならない。

 これらはすべて1990年の3月29日とその一週間後の2日間に告げられた。当時、アイクはBBCテレビの司会者と英国みどりの党の全国スポークスマンを務めていたが、告げられたことが一体全体何を意味するか理解することはできなかった。しかし、10年後の時点で、ここに語られた事の多くが実際に起こったか、あるいは進行中である。アイクが3年間で5冊の本を書いたことも、ほぼ的中している。
 アイクはこれらの経験をみどりの党の幹部たちに話したが、かたくなで、傲慢、そして無知をさらけだすような幹部たちの反応は、みどりの党が戦いをいどんでいる旧システムに見られるのと変わらないものだった。「デーヴィッドは気が狂ったのに違いない。」はい、そうですね。新しい政治に乾杯!
 アイクは、この初期の覚醒の経験を『Truth Vibrations』(真実の振動)という本に書いているが、そのとき、アイクが現在までに経験している一連の不思議な出来事のうちでも、最大級のものと遭遇することになる。

※ペルー・シルスタニ

 アイクは1990年の終わりから1991年にかけて、ペルーを訪れたいという強い衝動を感じる。そこで、直感に導かれるまま、1991年2月にペルーに向かった。驚くべき出来事が次々とアイクを襲ったが、クライマックスは次の出来事だ。
 アイクが頼んだペルー人旅行ガイドはプーノのシルスタニ・ホテルを予約してくれていた。プーノは、航行可能な湖では世界最高の高度にあるチチカカ湖の近くで、シルスタニはプーノから車で1時間ほどのところにある古代インカの旧跡地である。その名を冠するシルスタニ・ホテルのあらゆる場所に、シルスタニの写真が飾られていたのも当然のことであった。アイクはシルスタニに行こうとしたが、旅行シーズンを外れた時期で、ツアーがなかったので、自分自身でミニ・バスを雇わなければならなかった。バスに乗り込んだのは、アイク、ガイド、そして運転手3人だけだった。シルスタニは小さな沼地のそばにある丘で、頂きにはインカの遺跡がある。元来人が住んでいない場所であるし、季節外れ、とても静かだ。ラマを連れた2、3人の子供たちが、旅行者に売りつけようと、写真を持ってたむろしているだけ。他には誰もいない。
 アイクはペルーの太陽の厳しい日差しの中、一時間ほど遺跡を見てまわり、プーノに戻るために、バスに戻る。その時点では、旅は終ったと思っていたが、その後すぐに、それは始まりに過ぎなかったことを悟ることになる。バスは動き出し、坂を下る。アイクは三分間ほど窓外の丘に目をやっていたが、頭の中で何者かの声がする。「こっちへ来なさい。来なさい。私のところへ来なさい」奇妙極まりないと言えばいいのか。それでも、アイクはドライバーに命じて車を止めさせた。その丘を見に行きたかったからだ。
 道路からは見えていなかったが、行ってみると、丘の上にストーンサークルがある。はるか古代からそこに存在していたのは明らかだった。アイクはサークルの真ん中まで歩いて行き、立ち止まって、遠方の山々を背景としてたたずむシルスタニを見つめる。空には雲ひとつない。猛烈に暑い太陽で顔が焼けるようだ。
 そのときだった、アイクの足は、突然、磁石のように地面に吸いつけられた。ワイト島ライド海岸の新聞の売店で感じた力と同じ力。しかし、今回のははるかに強力だった。自分の意思に反して、両腕が持ち上げられバンザイのような形で45度に開く。そのままの状態が1時間はゆうに続いた。それが終わるまでは、アイクは自分の腕が何かに操作されているという感覚はなかったが、終わってみるとひどい苦痛だけが残った。読者も、両腕を頭上に持ちあげて45度の角度でバンザイをしてみて欲しい。一分もすれば痛みが始まるだろう。アイクはそんな姿勢を一時間以上も続けたのだった。
 強いエネルギーの流れが、|錐《ドリル》のように、頭のてっぺんから体の中を通り抜けて駆け下り、足から地面に吸い込まれる。逆方向に、地面から足、体の中を通って、頭のてっぺんまで駆け上がる。
 アイクは頭の中に第三の声を聞く。全く聞いたことのなかった声だ。それ[#「それ」に強調]ははっきりと言った。「おまえが雨を感じた時、すべては終わるだろう」
 何?雨って何だ?どこにも、雲なんて一つもないじゃないか。青く澄んだ空に、ギラギラ輝く太陽があるだけだ!
 アイクはその場に立ちつくす。エネルギーはどんどん増えて、ついには臨界点に達して、発電装置に繋がれたように体が揺れ始める。しばらくすると、遠方の山々に明灰色の霧がかかり、それを見つめていると、あたりはだんだん暗くなってくる。遠方では雨が降り出す。ストームが山々から現れ、空を雲で満たし、太陽を隠す。一瞬の出来事だった。ストームは、ついに、アイクの頭上に達し、アイクは波打つ雲の中にいくつかの顔を見た。非常に速いストームで、低速度撮影の写真のようだ。雨が降り出し、顔に雨水がかかる。そう感じるやいなや、何者かがスイッチを押したかのように、エネルギーの流れが急停止した。アイクは前方によろめく。足はゼリーのようで、肩と腕の筋肉がものすごく痛い。
 アイクの両手からは不思議な力を持ったエネルギーがあふれ出している。バスに戻って、水晶の塊を握って、そのエネルギーの一部を発散させようとした。アイクの足は、燃えるように熱く、エネルギーによる振動は24時間ほども続いた。その夜は眠ることができなかったほどだ。

※恐怖という牢獄からの解放と伝道

 その後の数週間の間に、アイクの人生は、他の誰もが想像できないほど劇的に変わった。自分の内部でダムが決壊したようだ。アイクの意識は新しい環境の下でバランスを取り戻そうとして、のたうちまわっていた。混乱が続き、落ち着くには2ヶ月を要した。真の|霊気《バイブレーション》が始まり、アイクは英国国営放送に出演して、自分の新しい信念を披露したために、人から笑いものにされた。それから2年以上にわたって、道を歩いていると、英国のどこででも、冷笑を投げかけられた。誰もがアイクを笑ったのだ。メディアでアイクの名前を出すのはコメディアンくらいで、そのコメディアンたちは即座に笑いを取ることができたものだ。
 それは悪夢だったが、牢獄からアイクを解放した。他人が自分をどう思っているかと恐れる、恐怖心の牢獄。人類のほとんどがそこで暮らしている牢獄だ。その牢獄を破って飛び出して自由になったおかげで、アイクは今、世界中を飛び回ってグローバルな権力の座を占めているシェイプ・シフト・レプティリアンについて語っているのだ。自分自身を安全地帯に置いて、人に尊敬してもらおうとしても、そんなことをする方法はあるはずがない。このことこそこれまでにレプティリアンについて何も語られてこなかった理由の一つだ。人に笑いものにされることはアイクのこの|旅《ジャーニー》では大きな位置を占めていて、それによってアイクは自由を得ることができたのだ。
 アイクはその時から人生の流れに従っている。1991年に霊媒の女性を通して語られたそのままのことが起こっているし、「知恵」の導きは、常にあり、どんどん増えている。この「知恵」は、どうやって何千年にもわたって世界がほんの少数のものに支配されてきたかを暴露している。その支配を許してきた根幹は、霊的知識を抑圧し、自分が誰であるかということを忘れさせ、生命の本質への理解を抑圧することによってである。アイクは、人類を待ち受けている「偉大な覚醒」と「偉大な変容」についても学んできた。
 ひとしずくの情報は川となり、いまや津波となった。しかし、われわれはまだスタートしてもいない。これから待ち受けているストーリーは、これまでの信じがたい14年間に示され、実際に起こったことよりもずっと驚きに満ちているだろう。


posted by 狭依彦 at 21:14 | Comment(10) | TrackBack(0) | アイク関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こういう神秘体験は個人にしか確信ないんでなんとも言えず自分に響かないがアイクは実際にあちら告発発信者であちらの何かは確実に知っているのわ事実だと思う、

ryさんや26さん方のこの視点はもっと見習おうと思ってる、日本でも陰謀関係発信輩にCAI主導に関わる人物いるんでわないか?、例えば今我わアブナイ所を調べているとあらっとおもう情報が繋がる、今まで無知だったと実感するぐらいだ、

十一協会と世界日報、産経新聞、文芸春秋、勝共、自民党の中はそれが今大多数、で右側わすべてにそれと今繋がる、
十一協会批判してるサイトなど今十一自ら仕掛けてる気がする、なぜなら批判で奮い立つんですもの?、それにこの世はパラドシキカイです?、
でこの十一、仏教にも繋がる、これ新興キリストですよね=「天地正教」と「海命寺・富士の会」どーなってるんのかなー?、おそらく神道系はまさかないんでしょう?、こうなったら二重眉唾液ベットリで挑む、

アイクは取り込まれたつもりの振り演技していてもらいたいなー、でも26さん、ryさんこの視点ぼくも見習う。


Posted by ohoho at 2007年03月21日 21:41
ペーター・ファン・アイク(Peter van Eyck, 1913年7月16日-1969年7月15日)は、ドイツの俳優。

本名Peter Götz von Eick。ドイツ、ポンメルンのシュタインヴェーア(現ポーランド領)生まれ。ヒトラーが政権を獲得したドイツを離れ、音楽を学ぶために世界各国を遊学し、1937年にキューバを経てアメリカに渡る。ニューヨークでピアニストをしていたが、1943年にアメリカに帰化。


アイク姓ってもしやユ○ヤ系?
Posted by   at 2007年03月21日 22:00
私の、アイクさんに対する判断は、これまでも述べている通りです。

読者が自分で判断すればよいこと。出所の分からない批判記事がありましたので、バランス上、この記事を公開しました。
Posted by 狭依彦 at 2007年03月21日 22:01
IckeとEickは違うか・・・
Posted by 訂正 at 2007年03月21日 22:02
アイクはEickではなくIckeです。太田さんも最初「イク」って読んでいたくらいです。
Posted by 狭依彦 at 2007年03月21日 22:03
狭さん、アイク情報整理ありがとうございます、より深くアイクを見れます、ぼくにはアイクはすーと誠に入り日本では太田氏も、要するに言葉にならない感覚なんです、

あるものを見るとき底からも真上からも斜めからあるいわビデオの2次元からも見ればより真実に到達できそうな感じがします、そういう意味ではこのサイトは毎日みてるんですが飽きない意図深き。
Posted by chu at 2007年03月21日 22:10
アイクについての詳しい情報をありがとうございました。
私は98年6月に突然2日間プレアデスに支配されチャネリングが始まり、生まれ故郷の綾部で出口ナオに似たことをさせられたのは、アイクと同じ異常者と思わせる=情報を信じさせないためでした。
けれども私はお陰でその恐ろしい直接声が聞こえるという体験は2日だけでした。
アイクはよく異常者だと思われながら情報を発信されたと思います。
私はネットだけでもずいぶんひどいことを書かれていますが、現実には全く普通に過ごせたのでありがたかったと思います。
ワイト島は私も行きましたが、とてもすばらしい所でした。
私が知らされている山になった存在はいて座のイシカミと言いますが、アイクもそのいて座関係かもしれません。
ペルーのストーンサークルで呼ばれたというのも、やはり同じイシカミなので、深い関係があると思います。
私の体験の一部を書いていますので、紹介させていただきました。
Posted by タエコ at 2007年03月21日 22:26
最近、多くの人が来ていただきます。サイトの紹介はここにあります。

http://icke.seesaa.net/article/990100.html

「あやしげ」な記事も沢山あると思われます。内容については、ご自分の心で判断して、取捨選択してください。

私も、アイクを全部信じている分けではありません。でも、ヘッドラインは、アイクが引用しているだけ、というところがミソでしょう。
Posted by 狭依彦 at 2007年03月21日 23:30

この記事面白いですね。
最近本つくりで忙しくて、ゆっくり読ませていただきます。
Posted by まゆみ at 2007年03月22日 18:31
こいつは、翻訳にも力を入れているつもりです。とっておきです。
Posted by 狭依彦 at 2007年03月22日 23:07
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。