2013年06月30日 Tweet It!

縄文の豊かさ(通常記事とは内容を異にします)

※この記事は、コメントに対して返信をしたいのに画像を埋め込みたかったので記事にしました。
よって、このサイトの通常記事(アイクサイトで取り上げられている記事の翻訳紹介)とは内容を異にします


縄文晩期は豊かではなかったのか?

少し前に、沢山縄文の資料館を回って、2つの縄文晩期の遺物を見て、今まさに、縄文の「豊かさ」を考えているところです。

縄文が「豊か」だったと言われるのは縄文中期(前3,500 - 前2,500年)を中心として言われることが多いと思います。

縄文晩期は「気候が寒冷化し」て、人口が減ってきて、たそがれてゆく時代のように言われることが多いと思いますので、そんなんかな、と思っていました。でも、2つの遺跡の遺物を見て、「弥生と時代が重なる頃の縄文も豊かだったんじゃないだろうか」と考えるようになりました。

縄文晩期は弥生の早期、前期と重なります。九州の方から弥生になって、稲作が急速に広がった西日本だけだから、重なっていて当然ですよね。
縄文晩期(前1,300前 - 前800年)
弥生 早期−前期 前1000年 - 前800年

1.金生遺跡(山梨県)
気候が寒冷化し遺跡数も減る縄文後晩期の遺跡

資料館で撮った写真。

DSC02262.jpg

この耳飾、「たそがれてゆく」時代のものとは思えない。
たぶん金生遺跡の遺物だとしての話。
写真とるときに確実に遺跡名は確認していないので、100%金生遺跡のものかは不明。

2.是川遺跡(青森県八戸市)
遮光器土偶(縄文晩期)
DSC03835.jpg

この遮光器土偶は国立博物館にあるよく出てくる2点とは違うものだけれど、自分で撮った写真を見て、非常に気に入って、何度も見ていたら、宇宙服説とかそんなんから離れて、「この時代も豊かだったのでは」と感じるようになりました。

土器(縄文晩期)
DSC03850b.jpg
DSC03817.jpg

基本的に土器は中期の山梨・長野の八ヶ岳縄文王国のもの(縄文中期(前3,500 - 前2,500年))を見ていますが、東北のを何箇所か実物で見たら、やっぱり、東北も「豊か」であったのだろうと感じました。
特に、是川遺跡のは「縄文晩期」で九州の弥生時代の開始と重なるであろう時代ですから、ここで感じる「豊かさ」と稲作を導入してからの「豊かさ」、今の時代の人類はよくよく考えた方が良いでしょう。
おっと、「人類」と言ってしまうと、このサイトの言い方とは違った言い方になりますね。「今の時代を生きる個人個人」と言わないと・・・・・・
posted by 狭依彦 at 11:57 | Comment(5) | TrackBack(0) | サイト紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わざわざ記事にしていただいてありがとうございました。

僕もじつは放送日の方は見落としていて、おとといの再放送の方で見ました。
ちなみに縄文時代の小さな村あたりの説明の時の絵のイメージ(何軒かの家々が、円を描くように建ち並んでいたカンジ)が、
なんとなくインディアンの集落と似たような雰囲気も受けました。
Posted by それでも 地球と人類を愛した者へ at 2013年07月01日 11:54
縄文の生活を考える時に、インディアン(北アメリカ原住民)の生活は非常に参考になるものの一つだそうです。

ある元の人間集団Aがあったとして、Aの一部はベリージア陸橋を渡りアメリカへ、一部は南に下がり、日本列島にやってきたと考えられます。
WIKI引用
約3万〜1万3000年前のウルム氷期の最寒期とされる頃、ベーリング海峡地域は陸地化しており、いわゆるベーリンジアとなっていた。ユーラシア大陸のモンゴロイドは、このベーリング地峡を渡ってアメリカ大陸に進出したのである。
Posted by 狭依彦 at 2013年07月01日 23:38
最近、山を走っているとよくどんぐりらしきものを見つけます。
縄文時代、そういう落ちたどんぐりなどの木の実を拾って
クッキーなどにしていたとする人達がほんとうにいたとしたら、
その人達は狩って殺すわけでも栽培して殺すわけでもない
ほんとうに平和な人達だったのかも。
その縄文時代にも、人によっては狩りもあったであろうし
農耕も少なからずあったという人もいますが
人間にとって「豊かさ」とはなんなのか、どういうことをいうのか
落ちてるどんぐりを見てふと考えさせられました。
Posted by それでも 地球と人類を愛した者へ at 2014年09月26日 15:02
縄文時代は、狩りをして動物の命を奪っても、「自分が生きるために、他者の命をいただいている」という気持ちがあったと思います。
たぶん、動物の本能と同じように、同族は殺さない本能があったと思います。

弥生時代になり、「支配」が出来たのですね。
米が蓄えられるので「財」となり「偏り」が出て「支配者」が生まれ、勢力を拡大するために「戦争」、敵は殺しても良い、そして「奴隷」みたいな感じだと思うのです。
それが、現代まで延々と続いている。
弥生時代を勉強していると気分が悪くなってきますが、最近ちょっとだけ見ています。
Posted by 狭依彦 at 2014年09月30日 22:11
『狩りをして動物の命を奪っても、「自分が生きるために、他者の命をいただいている」という気持ちがあったと思います。』

インディアンの人達も、そんな精神だったのかも。


『米が蓄えられるので「財」となり「偏り」が出て「支配者」が生まれ、勢力を拡大するために「戦争」、敵は殺しても良い、そして「奴隷」みたいな感じだと思うのです。』

それは同感です。

Posted by それでも 地球と人類を愛した者へ at 2014年10月01日 08:13
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