演習は、年に数回行われ、レーガン政権時は、デイック・チェイニーとドナルド・ラムズフェルドが中心メンバーとなっていたという。
非常時には、政権代行可能な人と政権を担当できるメンバーを集めて、3班に分け、核攻撃を避けるために、秘密裏に、別々の場所に移動することになっていた。班はレッド、ブルーなどの色で呼ばれており、レッドが機能不能となれば、ブルー、というように次々と、政権を担当することになっていた。
演習の時には、チェイニーとラムズフェルド、その他の40、50人の政府の職員、レーガンの閣僚一名が参加し、ワシントン郊外にあるアンドリュー空軍基地に集合してから、どこかへ向かったという。
トルーマン、アイゼンハワー政権下では、バージニア州のBlue Ridge MountainsのMount Weatherとペンシルバニア驟州とメリーランド州の境にあるCamp Davidに秘密軍事基地を設け、非常時の大統領の指示に従うための秘密基地としていた。
この演習は、ソ連の核攻撃の脅威を背景としたものであった。そこで、ソ連の崩壊後は、テロ攻撃などに備えることが目的となったが、大々的にアメリカを核攻撃するテロなどあり得ないと、クリントン時代からは中止されていた。
しかし、9・11時の政府の行動は、正にこの演習を反映したものであった。チェイニーとラムズフェルドは急に、演習と同じ事をしはじめたのだった。大統領が、ジエット機で地上にはいなかったこともこの演習時に、核の破壊から逃れるために考え出されていたものであった。
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