参考記事(日本語 asyuraにある一般新聞の記事)
2010年3月 借金を返さない国民投票の記事
2008年 アイスランド崩壊の危機
アイスランドは32万人の国民で軍隊を持たない国だ。2003年以前には、世界でも有数の裕福な国であった。
しかし、2003年に同国の銀行がすべて民有化され、外国の投資をひきつけるために、IceSaveというオンラインの高利回りを行い、そのために財政が悪化した。
2003年にはGNPの2倍の借金があり、2007年には9倍となっていた。
2008年の世界的な金融危機で、アイスランドのLandbanki,Kapthing,Glitnir銀行は危機に陥り、国有化された。この年の終わりにアイスランドは破綻を宣言した。
英国とオランダの出資者が損害を受けることとなった。英国とオランダ政府はアイスランドに支払いを求めた。
社会民主党の首相は各国からローンを受けることを交渉したが、外国の財界はアイスランドに緊縮策を求めた。それに対して、反対運動が起こり政府は辞職、2009年4月の選挙で、左翼の連合が政権についたが、アイスランドの国民一人当たり月100ユーロ(1万円くらい)で5.5パーセントの利息で15年の支払いを求められる策に同意をした。
その結果、私有独占資本(銀行)の失敗を全国民が負わなければならないという考えを捨てることとなった。
当然、国際社会はアイスランドに対して圧力を強化した。
英国とオランダはアイスランドを孤立化させるという報復行為をすると脅した。外国の銀行家はIMFの援助を中止させると脅した。
首相のGrimssonは「アイスランドは国際社会の条件を拒否するなら、北のキューバになると脅された。しかし、その条件を飲めば、アイスランドは北のハイチになるだろう」と語っている。
そして、政治家たちが、国民の側に立つようになり、2010年に借金を支払わないことが国民投票で決定された。
IMFは即座にローンを凍結した。
国民の支持のもと、アイスランド政府は、財政破綻の原因を作った銀行家たちの犯罪捜査を開始し、インターポールから逮捕状が出された。
また、アイスランドでは1918年にデンマークの憲法の「王」を「大統領」と替えただけの現行憲法を直接民主主義で改正することになった。
30名以上の支持を受けた522人の政党に属していない成人から25名の代表を選び、その人たちが中心になり憲法の草稿を作った。
その草稿の検討過程はインターネットで公開され、国民が透明に見られるようにして、国民から広い意見を募った。
その憲法は次の国会で決められた。
その後、アイスランドは経済の回復の兆しを見せている。
元記事
ギリシャの問題にしても、その他の国の財政破綻にしても、「私有独占資本(銀行)の失敗を全国民が負わなければならない」ということで同じ流れだと思います