水曜日のホワイトハウスでのオバマ大統領との会談で、パレスチナのアッバス議長は現状の段階でガザの海上封鎖を解除することには反対であると述べた。理由は、これによりハマスが強化されるからだという。
エジプトもまたこれに賛成している。
この海上封鎖の件は水曜日のオバマとの会談では主要な議題であった。
(ニュースと同じ内容も元記事にあります。アッバスさんは海上封鎖解除に反対であり、ハマスを強化しないような方法でガザに援助を送ってくれと言っています)
エジプトは海上封鎖解除反対をイスラエルに言明し、アメリカ、EUも反対であるという。
理由はガザの港を出入りする船を検査するのに困難が伴うからだという。
一般ニュース(日本語)
日本のニュースがあります。
全く、自由船団襲撃には触れていません。
とうぜん、海上封鎖には触れられませんですね。
ガザの船団のニュースもありますが、「妨害を試み」「銃声が聞こえたとの情報もある」ということです。
さすが!日本のメディアは「良識」があります。
私はこの「良識」ってやつ、大嫌いです!
【パレスチナ以色列の最新記事】


http://icke.seesaa.net/article/990100.html
http://icke.seesaa.net/article/1586201.html
よって、このサイトで王仁三郎のことをほとんどとりあげていないですし、王仁三郎のサイトでもこのサイトのことをあまりとりあげていない。
だから、このサイトでは「コメント」は「なし」にしてもいいのだけれど、ついつい書いてしまいます。
例えば、イスラエルについて言えば、
(1)それを報道する日本のマスコミの裏にいるものが何なのか確信が持てない
英米植民地であることは間違いないですが、なんでここまで「配慮」……これは皮肉でしたね……記事を編集するのに大事なところを抜いて意味を薄めるのか分からない。
(2)やはり、あまり露骨に書くと「コワイ」。
(3)イスラエルが何なのか確信が持てない
王仁三郎のとらえ方とヘッドラインから得る情報、陰謀論の考え方などが統合できていない。
気持ち的には
「何かの間違えでこのサイトに来て、この記事に「?」を持ってくれる人があれば、書いている甲斐がありますね。」
というところです。
私が言いたかったことは、すべてを理解して何かを言うことは一生かかっても無理なことではないだろうか、だから、今ある情報と生活感から、このように考えるのが筋の通った考えだろうと立場でいいじゃないか思うわけです。たとえば、3%から5%の人間がその国の富の半分以上を占めて一般国民が貧しい生活をしているとしたら、それは自然現象ではない、人為的作為があるだろうと思うわけです。そういう現象はシステム的に奴隷制度であるとか、そいつらは泥棒だろうとか。。。考えるわけです。そんな仕組みをまともに受け入れる庶民はいないわけで、それを実行するためにはどこかで詐欺や脅しが存在するはずだろう。私が子供の頃は、一人の男がまじめに働けば一家4人を養って、時間は掛かっても家一軒は持てる感じでした。少なくともそんなに豊かではなくても生活は十分できていました。それが普通だと思うんですね。
一方で、管理人さんが決めつけをせず、留保するのは高い知性の現れだと思います。だから、新たな情報で枠組み自体がすっかり変わることはあり得るのですが、その時その時では前言撤回するだけです。
1)マスコミについて言えば、仕事をしてない。反対意見や異なる視点の情報を紹介しない、ニュースの趣旨から見て重要であろうとに触れない(例えば、小沢氏の起訴について彼の何が悪いのかさっぱり分からない、あの起訴事実で悪と言うなら経営者の殆どは牢屋行きだろう、起訴事実のまともな解説をしろと言いたかった)。他にも、ニュース的価値が高いと思われないことを全国ニュースにする、またはその逆など等。これが街の食堂なら高くてまずい飯を出している様なものだ。普通つぶれるよ。なのに潰れないなら普通でないことがどこかにあるんだろう。マスコミの仕事に携わるなら、世の中をより広くよりクリアに見渡せる様な情報を提供しろ、今のはまずすぎて食えないと、異議申し立てをしているのです。飯屋にたとえたついでに言えば、健康的でおいしくて安く永続生があるもの提供してくれるなら、尊敬もするし応援もするよ。ということです。
2)これについては何も言えないです。こういうサイトを実際に運営するのと、見ているだけの私のような立場では立場が違いすぎます。応援してます。何かあった時は私にできることがあるかも知れません。その時はできることはします。
3)民主党の中にも自民党のなかにも愛国的な人もいれば、そうでない人も、始めは国民の利益を優先していたが途中で利己的になる人も、その逆の人もいると思います。目標が同じでも方法論で対立することもあるでしょう。このように集団に当てはめた概念は個人には当てはまらないし首尾一貫するわけでもないです。また、ある集団を定義づけて説明が上手くできても、説明の役には立っても実質的には役に立たないばかりか弊害の方が大きいです。いや、私がそれを弊害と思うのです。それは、私個人は集団と付合うことができないからです。あくまで付合えるのは人です。勿論、自分が次元の異なる話しをしているのは分かっています。けれども、私自身が日本人だからとか男だからとか属している集団の論点で言われるのがいやなので、立場が逆のときも適応します。
つまり、今、やっていることや言っていること(考えて)いることで判断して欲しいからです。自分が選んだ集団なら、自分の意思が反映されているとある程度言えるかも知れませんが、選択不能なことでくくられてもなーと思います。つまり、出来事対応です。だから、属している集団が女子供を殺したりすれば、それがどんな目的であれそのことについて異議申し立てをします。
目的がなんであれ手段が間違っていれば異議を唱えます。目的は手段を正当化できません。逆にクリシュナムティも言うように手段(方法論)の中にこそ真の目的が潜んでいると思います。
だからシオニストには反対です。手段を選ばないからです。
多分、欺瞞(自己欺瞞含む)と脅し、暴力をつかわないことで何かを成すなら、自分はそれがなんであれ、文句はないと思います。
とにかくお忙しい中お返事して頂き感謝してます。長くなってしまいましたが、せめてそうしないと御好意に釣り合いが取れないと思い書きました。返って迷惑だったかもと思いますが、そのまま出します。